ゴーフォイット!は ラケットの張り替え(ガット張り替え)専門店です。


◆ストリンガー
  テニスジャーナル
  スマッシュ

◆ストリンガー

   プロ・ストリンガー澁谷 のプロフィール

こんにちは 私がストリンガーの澁谷です。

   

身近に感じてもらうために素性をお教えしましょう。

1960年(昭和35年)7月20日生まれで東京出身。テニスは中学校で軟式、高校から硬式を始めて、すでにテニス歴が人生の半分以上になってしまいました。身長178cm、体重73kgです。

住んだ所は東京都府中市→宮城県仙台市→ 東京都国立市→神奈川県川崎市→東京都小平市です。

渡り歩いた学校は府中市立住吉小→府中市立第三中→ 仙台市立北仙台中→私立東北学院大学高→都立府中東高→ 予備校→東京経済大という道のりです。

同じ時期に近くにいた人がいたら連絡下さいね。


ストリンガーになった動機

大学入学時、テニスコーチのアルバイトがしたかったので体育会テニス部を選ばず、「東経大グリーン」という同好会に所属しました。アルバイト先はプリンスホテル系の「萩山テニスコート」というところでした。当時、ここに所属していたアルバイトのコーチは、ジョッパーからインカレまでというやたらレベルが高い状況で、関東学生クラスでは馬鹿にされるありさまだったのです。同好会所属の私は、下手で当然、ちょっとできるとほめられるというオミソ扱いでした。テニスが好きで将来はプロコーチになりたいと思っていましたが、アルバイトの先輩たちはコーチの仕事を選ばず、企業に就職していきました。その現実を見て、自分なんかがコーチにはなるのはおかしいかもしれないと思ったのでした。

ほかにテニス関係でできる仕事はないかな、と探していたときに思いついたのが「ストリンガー」だったのです。私が大学生の頃は、まだウッドのレギュラーサイズのフレームに太いハイシープ(1.42mm)を張っていましたが、1週間で切れてしまっていたので自分で張っていました。コーチの仕事もおもしろいけど、張るのも楽しかったのです。友人のラケットも張らせてもらったりして、半年に100本も張っていたのですから。これが天職だ!と思った私はヘッドコーチに頼んでストリンガーの仕事ができる店を紹介してもらいました。それが吉祥寺にある「西武スポーツ」で、4年生の夏からは西武就職前にもかかわらず、アルバイトとして先乗り込みして、ストリンガーデビューをしていたのです。


■西武スポーツ時代

西武スポーツ吉祥寺には6年間お世話になりました。その間に「東レ・パンパシフィック」や「世界女子ダブルス選手権」などの大会のオフィシャルストリンガーをさせてもらい、実際に世界のトップランキングの選手のストリンギングを担当できたのは大変勉強になりました。選手と直接会話をしてラケットを請け負うのですが、つたない英語では十分なコミニュケーションがとれないので、英会話の勉強もしないといけません。おかげで店に外人がくると、関係ない売り場にまで呼ばれる始末でした。最近はしゃべっていないので、すっかり忘れてしまいましたけど。

在籍していた当時は、バブルに向かっていた時代だったので張り替えも大変多く、月に300本平均のストリンギングをしていました。忙しいトップシーズンには、1日30本近くを1人でこなしていたのです。現在はその西武スポーツは「ロフト」に変わってしまって、テニスショップはなくなってしまいました。古巣がなくなるのはとてもさみしいことです。加えて萩山テニスコートも閉鎖され、ストリンガーとしてのスタートした場所がすべて思い出の中となってしまいました。


■ストリンガー協会時代

西武スポーツ・吉祥寺での仕事はとても楽しく、このまま一生勤めたいと思っていましたが、問題がひとつありました。給料がとても安かったのです。どのくらいもらってたかは、恥ずかしくて言えません。営業に来たラケットメーカーの担当者と「もらったボーナスの額が少なかった人に、お慈悲として昼食をおごる」という賭けをして、全戦全勝したほどだ、ということで判断してください。またそのころ付き合っていた彼女が、バブル絶頂期の証券会社に就職したのですが、初ボーナス(新入社員は寸志であるにもかかわらず)で私の10倍の金額をもらったのもショックでしたね。

30歳目前で、この年収ではやっていけないと思い、そろそろ転職を考えようととりあえず辞意を伝えました。そうしたら、偉くなって商品部バイヤーになっていた昔の上司からすぐに連絡があったのです。「知識と経験があるんだから、それを生かしてみないか」ということで、ストリンガー協会を設立しようとしている人を紹介されました。それがUSRSA(全米ラケットストリンガー協会)の日本支部だったのです。

ストリンガー協会ですから、ストリングメーカーとのおつきあいがあります。情報の収集で協力してもらうことが主ですが、ストリンギング・ブースでのお手伝いもします。草大会などではゴーセン、ヨネックス、トーア各社にストリンガーとして参加しました。公認大会ではゴーセンブースでチャレンジャーやセイコースーパーなどでお手伝いしました。大変勉強になりました。関係者のみなさま、ありがとうございました。


go for it ! 開店

 ←最初に開いた当時の店舗 (2坪しかありませんでした。)

USRSAでは、ストリンギングの大切さを訴えることで、テニス業界の活性化を図ることを目的としていました。一般プレイヤーにストリンギングの大切さを知ってもらおうと、テニス雑誌の記事を書いたりして7年ほど活動しました。そのころに愛読してくれた方が、今このホームページを見てくれているかも知れませんね。ありがとうございました。この協会は、アメリカの本部へのロイヤリティーが高かったために1998年に活動を休止しました。

その後、私は1998年8月に張替専門の店を開き、USRSAの会員のサポートを受け継ぎながら、営業をしている次第です。2005年の8月には新店舗に移転して現在に至ります。これからもがんばりますので、よろしくおねがいします。